政治家ならば思うこと、誰かの希望になれたなら。
閉塞した空気なればこそ、後ろ姿をもって光を指し示したい。
ブルーリボンを守る議員の会の存在意義
安倍晋三元総理が凶弾に倒れました。拉致問題に対して非常に力を入れてくださった政治家です。非常に悲しく辛い思いは誰しも同じです。
拉致問題はトーンダウンしていくのだろうか、重苦しい空気にはその危惧も含まれているのだと感じていました。救う会や家族会にも同じ不安はあるでしょう、保守層だってそう思っている。残念ながら事実なのかもしれません。議員としても現実としては認識せざるを得ません。
安倍さんの生命が失われたことで、拉致問題が日本でトーンダウンしていく。風化していくだろうと、もしも北朝鮮すらも思っていたとしたならば、悔しくありませんか?私は悔しかった。
私たち地方議員には、それほどの政治力はありません。
しかし、大将をやられて、武器を投げ捨てて泣きわめく二等兵がどこにいるというのか。
いま隊列を組み直し、戦わないと駄目になる。最前線にいるからこそ、市議だからこそ、もっとも民意に近いからこそ切々を感じる危機感でした。
僭越ながら、救う会全国協議会の西岡力会長に「(会長は)指揮官なんだから暗い顔して追悼のスピーチみたいな話はもういいんです、喪に服すのは飽きたんだ。」と言いました。安倍元総理の訃報から約一か月が経過しようとしていました。「立って戦え」と、西岡会長に言ってもらわないと。私は戦いたいんだと言いました。
滋さんはめぐみさんに会えずに亡くなりました。早紀江さんは?安倍さんがいなくなったからできなくなりましたって、日本の政治家は言えるのか。そんな二十年かよ、拉致被害者奪還の歴史は。ここに込められた悔しさは、この活動を手探りで牽引してきてくれた先人たちへの敬意でした。
生きてるもんでやるしかないんだから、いまいるメンバーでやるしかないでしょう。日本の政治家は、安倍晋三だけじゃない。代わりにはなれない、誰もなれないよ、けどね、安倍さんだけが政治家と思うなよ!そのことを内外に示したい。
この共同声明は、「覚悟を持ってブルーリボンバッジを着用します」という、(元職や首長を含む)政治家による宣言です。ただ着用するという宣言に過ぎません。これすらもできない政治家は、我が国はいないと信じます。たかがバッジ、されどバッジ。地方議員には奪還に関する直接的な権限はないけれども、むしろ広報啓発に関しては地域地域では(時として国会議員以上に)浸透しています。私たちが覚悟をもって着用するということは、それは広報啓発でったり決議を通すなど、個々の覚悟をこめて宣言するということです。
何議席の地方議員が集まれば国が動くかはわかりません。いま、私たち政治家は、直接国家を動かす道を選択しました。やられっぱなしは、性に合わない。やられたのは政治家です。政治家の死とは、政策が死ぬことでもあります。安倍元総理が一丁目一番地に掲げた政策を、凶弾によって風化させるわけにはいかない。メディアの思うがままに議員が振り回されると思うなよ!という覚悟を決めて本共同声明は開始されました。
一人でも多くの議員が本声明に参加し、それが我が国を変えることを強く祈念いたします。本書は議員向けに書かれたものではありますが、是非、皆様の住む自治体の議員さんにも本共同声明の存在をお知らせ頂き、一人でも多くの議員がご賛同を賜れますようご協力をお願いいたします。
ブルーリボンを守る議員の会 会長 小坪慎也
(設立された背景と経緯)
この会が設立された経緯についてもお話します。
発端はブルーリボン訴訟であり、私自身も傍聴の形で同席いたしました。裁判官が国権の行使としてブルーリボンバッジを外せというのは信じられませんでした。非常に悲しい思い、心にぽっかりと穴があくような気持ちがしました。
【ブルーリボン訴訟とは何か?】ある裁判所におけるブルーリボンバッジ着用禁止の経緯について
しかし、市議とは言え、立法権に属する政治家が司法権にみだりに踏み込むわけにもいきません。そこで当市において、ブルーリボンバッジの市職員への着用が法的に問題ないこと一般質問で明かしました。広報啓発の努力義務が地方自治隊員は法的に存在することを論拠としています。他市にも広がり、大阪でも知事・府警本部長を含む全職員が、また沖縄ではデニー知事までもが着用し、地方行政では東京都議会で小池知事はじめ警視総監までもがブルーリボンバッジを着用したのです。地方行政によるバッジ着用の気運は、最終的には国家を動かし、全閣僚がブルーリボンバッジを着用してくださった次第です。
地方議員だって、ここまでできます。
【拉致問題】ブルーリボンバッジ市職員着用率100%、安倍元総理の前で報告。【地方行政でできること】
その上で、このブルーリボン訴訟というものは、司法手続きとして継続していってしまう。この裁判を知る保守層からは“私たちにも何かできないか”という声があがりました。そこで本件訴訟に関する一般署名の議論がスタートしました。実は難しい問題があり、これは裁判官の権利行使を対象とするものですから、体裁としては国家賠償請求訴訟となります。救う会の西岡会長も補助参加として法廷には立ちましたが、国賠とは政府を相手にした訴訟です。
例えば家族会が、政府を訴えることになれば、別の意味を持ってしまいます。救う会が組織として動けば、家族会も出てこざるを得ない。そのため一般署名についても、集めている団体としては(救う会ではなく)「ブルーリボンバッジを守る国民の会」となっております。この議論の中で、一般署名から切り分ける形で議員のみの署名を集めてはどうか?という話がでてきました。本来であれば拉致議連などでやるべきなのでしょうが、一訴訟案件のみで拉致議連を動かすことは政治的にも難しいという判断と、先ほどと同じ理由で拉致議連が動けば結果として家族会を巻き込んでしまうということ。国賠訴訟という単語から受ける印象は、やや恰好いいイメージをもつかもしれませんが、政府を訴える以上は参加した議員には(勝ったとしても)のちの政治家人生に決してプラスとは言えないことは、議員であれば一般的に知っている事実です。拉致議連が国賠訴訟に参加することは、現場判断として適当ではないと考えました。
会長に就任するにあたって
家族会を巻き込むわけにはいかない、また既存の大型組織にダメージを与えることはできない。それでも誰かが責任者として旗印にならねばなりません。その場にいた議員が私だけでしたから、僭越ながら会長に就任させて頂きました。就任時において、自分にとって(政治家として)プラスにはなるまいという覚悟のもとお受けしました。このような背景から、当初は今よりも小規模に運営されるはずであったのが当共同声明の原形となった、議員署名の話になります。4~50人の地方議員が名を連ねればいい、昨年ともに議場に立った先生たちと矢面に立とうという思いでした。
事態が変わる。
状況が一変したのは、冒頭の安倍総理の訃報です。このまま、沈んだままでいてたまるか!立って戦え!日本の政治家は安倍晋三だけではないぞ!参加していた議員たちから、怒りにも似た気勢が自然に出てきました。のち西岡力会長が、救う会全国協議会の名を明示して「ブルーリボンバッジ着用に関する共同声明の協力要請ついて」を発出し350議席を擁する大阪拉致議連の総会にて登壇し、賛同要請を行いました。これは令和3年8月11日のことですが、このあたりから急激に話が大きくなりました。冒頭のエピソードはこの時のやり取りです。
いまの動きは初期とは少し変わっており、(司法権において)「裁判官と弁護士」だけでバッジ着用の是非を判断することに違和感を覚えています。司法権を犯す意図はございませんが、政治家として立法職として我々にできることはないか。つまり政府与党を直接的に動かし、「バッジを外せ」等と言う命令自体が権限としてないことを証明する等、議員側の権限、立法職として当然に行使しうる権限において戦いたいという動きになっております。早速、呼応したのが広島であり、総理を輩出している以上は私たちから動きたいと。広島市議会自民党最大会派の幹事長が動き、会派所属全議員の賛同を取り付けるとともに他会派と交渉にあたっています。奈良県では、安倍元総理を守り切れなかったという思いから、全力で行くんだという悲痛な覚悟があり、奈良県町村議長会が本賛同要請を公式に文書として発出。さらに奈良県市議会議長会にも同様の要請を行っており、奈良県中の全自治体議会に賛同協力を要請しています。
各地の議員たちが立ち上がっています。ネット主導というよりは、むしろネット上での活動はないもののリアルで凄まじい力をもっている先生たちが声を掛け合っており、議長経験者たちが一斉に名を連ね始めました。
このあたりの経緯や思いは、各地方議員たちが実際に当サイトで記していくと思います。